撮影日:2004年9月3日 以下の写真は、クリックすると拡大します。 |
|||||
01・復興天守 |
02・井戸跡碑 |
03・羽柴秀吉像 |
04・推定復元図 |
05・石垣根石 |
06・復興天守 |
☆名称(別称) |
長浜城 (今浜城) |
☆所在地 |
滋賀県長浜市公園町 |
☆地図 |
|
☆創築者、創築時期 (改修者、改修時期) |
建武3年(延暦元年、1336年、佐々木高氏) 創築 天正3年(1575年、羽柴秀吉) 改築 元和元年(1615年) 廃城 |
☆遺構・復元物 |
遺構は本丸跡碑、井戸跡碑のみ。復興天守が郷土博物館として存在するのみ。 |
☆一言歴史 |
長浜の地は当初今浜といい、近江源氏の一族である佐々木高氏が居館を構えたのが始まりです。
その後天正元年(1573年)に織田信長によって近江の浅井氏が滅ぼされ、その居城である小谷城に羽柴秀吉が一旦は入りますが、小谷城は山城であり城下町の整備に不適と判断し、天正3年(1575年)に信長の許可を得て、今浜の佐々木氏の旧城跡に新しく城を築きます。今浜を長浜と改めたのはこの時でした。
本能寺の変で信長が横死した後は、柴田勝豊、山内一豊、内藤信成と続きますが、元和元年(1615年)に廃城となります。長浜城の石垣や建築物は解体され彦根城へと運ばれたため、長浜城には遺構はほとんどありません。 |
☆私的見所 |
元和元年に廃城になっていることもあり、羽柴秀吉が築城した長浜城の姿は全くわかりません。したがって遺構もないため、天守閣風の資料館が一番の見所かもしれません。 |
※関連・近隣史跡など