豊臣秀吉

 

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01・長浜城

02・長浜城

 

豊臣秀吉    (とよとみひでよし、日吉丸、木下藤吉郎、羽柴秀吉)    ・・・天文3年〜天正10年(1534〜82年)

 

現在はその遺構がほとんど残っていない長浜城での豊臣秀吉像です。タイトルは豊臣秀吉としていますが、この長浜城主のころはまだ羽柴姓になったばかりだったと思います。柴田勝家ほか織田家重臣たちが何度やっても美濃斎藤家の兵によって攻められ築けなかった墨俣に一夜にして砦を築き、織田信長が美濃を攻略するための足場を作るという大手柄を立てたことで、木下藤吉郎ははじめて城主に取り立てられました。

 

このころから天下を取るまでが秀吉のピークで、晩年は未だに遺恨を残す愚挙を起こしています。やはり、異父弟の大納言秀長が秀吉より先に死に、秀吉に意見する者がいなくなったせいでしょうね。

 

ちなみにJR長浜駅前に羽柴秀吉と佐吉(石田三成)の銅像があるようですが、それはまたの機会に。

 

※関連・近隣史跡

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