撮影日:2005年7月23日 以下の写真はクリックすると大きいサイズになります。 |
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前田正甫 ・・・慶安2年〜宝永3年(1649〜1706年)
(まえだまさとし、初代富山藩主前田利次の二男。従四位下、近江守、大蔵大輔)
富山城(富山県富山市)での前田正甫像です。彼は江戸時代の富山藩二代目藩主です。知名度は今ひとつかもしれませんが、この方が富山の薬売りの元祖といえば、富山城に銅像があるのも納得できるはずです。
ことの起こりは元禄3年(1690年)、江戸城の大広間で三春藩主秋田輝季公が激しい腹痛を訴えて倒れたとき、正甫公が肌身離さず持っていた印籠から「反魂丹」という薬を与えると、腹痛が治まったといわれています。
それを見ていた諸大名もその「反魂丹」の効能に驚き、「是非我が藩にも…」と、領内はもとより、他藩にも拡販することとなりました。販売方法がまた変わっていて、現在の家庭常備薬の基礎となっている「先用後利」という販売方法でした。行商人が全国各地を歩きまわって各家庭に各種の薬を入れた薬箱を無料で預け、半年後に再び訪れた時に使用した分だけの薬の代金を受け取るという方法です。
これならいざというときに薬を使用することができますし、支払いも使用した分だけでよいので、とても安心です。現在でも富山の薬売りがまわってくるお宅もあるのではないでしょうか? 最盛期は昭和初期でおよそ1万人の薬売りが全国を回っていたといいます。
ちなみに、正甫自身も体が弱く、薬に興味を持ち、自分で調合したりすることもあったそうです。
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